人間臭くて、金にうるさくて、子どもに優しい『ドラフトキング』

 『ドラフトキング』が面白いんである。友人にtwitterの切り抜き画像を見せられて、思わず買ってしまった。一冊買ったら、二冊、三冊と気になり、勢いに乗って一気に全巻購入してしまった。してしまったんである。

 どんな話かというと、プロ野球のスカウトマンを主役にした話で、ざっくり言うと球団と野球選手予備軍の話である。主人公は全国各地を回るスカウトマンで、どんな汚い手を使ってでも才能ある若手を捕まえてきて、自分の球団に押し込む。

 これによって球団は強くなり、選手も無事にプロになり、結果として自分の懐にマージンが入る。そのために、日夜日本中を回って、有望な若手に声をかけて、よそのスカウトマンが手塩にかけた選手であっても、しれっと奪って去っていく。という感じである。

 俺がこの話を好きになった理由は、まず、きれいごとを言わない点である。根底にあるのは人間を想う気持ちではあるんだろうが。人間はどうやったら幸せになれるか。金である。幸せは金で買えないが、金がないと幸せは維持できない。

 主人公は何よりも金にうるさい。これがいい。このマンガの冒頭は主人公が「有望だ」と言われている甲子園球児に「プロには向いていないから、やめておけ」と宣言するところから始まる。これは嫌味でもいじわるでもない。はっきり向いていないから、そう言っているのである。

 プロ野球選手になるのはゴールではなく、プロになれたからといって一生食っていけるわけではない。ということを主人公ははっきり口にする。華やかに見えるが、半分は税金で持っていかれる。サラリーマンの生涯年収に達する前に引退することも間々あり、それでは夢を叶えただけで人生が成功したとは言えない。

 だったら企業野球で仕事をしながら野球もやって野球手当をもらったり、野球の大好きな社長のいる会社に行って草野球を武器に出世を目指したりする方が、年収も安定する。家族も養いやすい。幸せだ、というんである。

 俺がもうおじさんになったから、というのもあるんだろうが。金の話が出てくると、それだけでもう信頼感が増してしまう。他人を思いやるというのは金を稼ぐことであり、金の面倒を見てやる、ということである。このマンガ、この主人公は金を馬鹿にせず、まずそれを手当することを考える。そこがいいんである。

 次にいいのが、主人公が若者に優しいということである。これは主人公だけでなく、毒島というライバルもそうだ。二人とも作中では手段を選ばぬ男、悪鬼羅刹のような言い方をされているのだが、彼らは揃って若者に優しい。

 プロ野球候補生は飯の種だから、ケアする対象だから、というのはもちろんあるだろう。あるんだろうが、理由があるからといって優しくする人間ばかりでないことは、生きているとよくわかる。このマンガは主人公とライバルが共に若者に優しく、そこに思想があると俺は思う。

 例えば、中学生で目をつけた少年がいたら東京から足繁く通って話を聞いてやるし、電話にもすぐ出る。飯をおごったり、筋トレの専門家をあてがったり、育成の方針にまで口をつっこむ。その流れが実に丁寧で、自然なんである。

 主人公もライバルもめちゃくちゃに口が悪いし、顔もぶさいくだし、普通だったらやらないような横紙破りも平気でする。ところが、読んでいくとそこに人間らしさがあり、こうやって悩んでいる時につきっきりで面倒を見てくれたら、そりゃ恩を感じるし、好きになるよ、と思う。

 この信頼関係が結ばれていくさまが、実にうまいんである。自然なんである。主人公が他人から嫌われる理由が如実にわかりながらも、同時に、面倒を見た若手から好かれる理由もまた同時にわかる。この描写が実にうまい。

 主人公たちは揃って金のためだから、とか、自分の球団のためだから、という。これは事実としてそうで、利害関係を超えた際にはきっぱりを手を引くこともある。あるが、そこにも誠意があり、俺にできる範囲はここまでだ、とちゃんと説明する。

 ちゃんと説明するというだけで、俺は人間をものすごく評価してしまう。何故ならば、世の中には全然説明をしない大人というものがたくさんいるからである。まして目下や若者相手には説明などせずに利用する方がよっぽど楽なのであり、汚いおじさんである彼らは何よりそれを知っているはずである。

 にも関わらず、彼らは中学生や高校生に真正面から説明するし、ごまかさない。これを俺は誠実だと思うし、誠実なマンガは面白い。やるべきことを全て果たした末に訪れる結末は、面白いんである。

 登場人物がみなぶさいくだというのもいい。この場合のぶさいくというのは、現実の俺自身の顔と同じくらい、ぶさいくだということである。このマンガのキャラクターはみんな現実にいるような顔をしていて、やたらの美男美女もいない。

 もちろん、俺は角川系の美形しか出てこないマンガなんかも大好きだが。現実をテーマにした、しかも金だとか人生だとかが絡んでくる、生臭い話にあっては、やはり人間臭い顔のマンガがいいと思うんである。

 だって金に困って苦しんでいるキャラがいて、それがどう見てもかっこいい顔をしていたら、ホストでも食っていけるんじゃないか、と思ってしまう。カイジの顔が本当に藤原竜也だったら、絶対にあんな生活はしていない。ホストじゃないにしても、顔を使って生きていける。

 野暮なつっこみをなしにしても、美形しかいないマンガには現実味はない。現実味がないというのは一つの良さであって、細かいことは抜きにして楽しもうや、という気楽な気分になれる。これは捨てがたいところだ。

 自分のような顔をした人間がマンガにいれば、それは否応なく、自分の話だと思うし、彼らが怪我をしてマウンドを降りたり、人生に失敗して絶望していると、共感してしまう。絵柄のパワーというのは偉大で、このマンガが現実なりのぶさいくさであるというのは、とても大きいと思うんである。

 マンガの解説のようで、あまりマンガの説明にはなっていないが。ともかく、『ドラフトキング』はめちゃくちゃ面白い。面白いマンガだから、ぜひとも読んでみて欲しい。床屋とかにぜひ置いて欲しい、ラーメン屋でもいい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました